究極の自己愛はアガペーに

光る箱から飛び出すケンティーと歓声にめちゃくちゃにやけた。

ソロになって初めてケンティーのライブで、ばっちり心を掴まれた。

13時になると、光るかごからケンティ降ってきた。大歓声と共に歌い始めたIDOLIC、アカペラとハイトーンを披露したモノクロ、仮面舞踏会オマージュのXTC、マジで空から星をまきながら歌うJUST KENTY。

ソロとなり16000人の視線が自分にだけ降り注ぐことを自覚して、全ての瞬間で魅せ続ける覚悟に震える。全ての瞬間をどこから見てもかっこよくありたいという情熱が溢れていた。

「I wanna be a Top Star まだまだ足りない」「I Know U love me 自信過剰?そんなことない。U know Iove it 間違ってないこの瞬間」ケンティーは、迷いなどないと言い聞かせるように、アイドルの道を進む自分のことを素直に歌う。究極な自己愛の先に愛が、他人の幸福があることを疑わない姿が眩しい。それは承認欲求とは全く種類の異なる自己愛で尊いアガペーだった。

挿入される動画は世界観が独特すぎる。ケンティーが何役もこなすバトルものは彼の好きな遊戯王がテーマになっている。薔薇から生まれる王子様を自分にみたえておとぎ話。1人遊びの天才か。こんなにオリジナリティと受け手への愛を両立させられるクリエイターはいるのだろうかと思う。面白すぎる。根本的に変な人なところが最高。

本人がラフ画を書き、5ミリに違いにこだわった「IDOLICの魔法(ペンライト)」は、推しのカードを挿入し、星を押したり(推したり)光らせたりすることができる。めちゃくちゃ可愛い。制作の裏側をまとめた動画をぜひ見てほしい。

youtu.be

生まれながらに愛されるわけではなくても、尋常じゃない努力と自己の追求で愛を勝ち取ってきた人なんだなと、その生き様に頭が上がらない。前にライブで見た時と、体つきが全然違っていたし、歌も踊りも圧倒的にパワーアップしていた。

観客はケンティの熱量をそのまま打ち返すことを要求し続けられる。マジで運動部の声出しだった。あんなに100%で来られると応えずにはいられない。

尋常じゃない一体感はダブルアンコールへとつながる。終演を伝えるアナウンスを掻き消すように、「ケント」と叫ぶ声は大きくなる。再び登場したケンティは、辛い時に作詞したという「ピカレスク」をアカペラで歌うようファンに要求する。

今やれることをやり切るってこういうことなんだなと思わされる。痛々しいくらいに実直に本気でアイドルに向き合う、この孤高にアイドルに幸あれ。CD買います。

※最終日はトリプルアンコールだったらしい。やばすぎ。

ポケットにユートピア

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↑年始に訪れた伊勢神宮。神様はきっといます。

 

人生が差し迫っている。

そんなことを感じで、2026年が始まりました。4月からロンドンに行くことになって、自動的に30代前半は異国で過ごすことが決まり、そのことに気がついて、卵子凍結をして、祖母と祖父に会った。会っておきたい友達に連絡しようと思って、LINEを眺めて連絡を取った。私の城こと今のお家を解約する手続きをした。

大学生の時に買ったチェックのワンピースはもういらなくて、3年前に買った紺色のワンピースは全体に必要。スノッブでもう読まないと思った千葉雅也の小説はいらないけど、江國香織はきっとまたいつか読みたくなる。一昨年までたまに連絡を取っていた男友達はもう会うことがない気がする。

過去に残していくものと、未来に連れていくものを明確にせざるおえない。

そんな感じがする。

 

人生が差し迫っているこの瞬間は、もしかして、とても尊く大切なものなのではないかと思って、ブログを書いてみた。だいぶ久しぶりに。自分の感情や環境にあえて敏感になる1年にしようと思います。

 

事始めに、やりたいことリストを作ってみた。

友達が作っていて楽しそうだったから。今まで友人に恵まれていたから、友人に会えなくなるとどれくらい私は寂しくなるのだろう。寂しさを感じないくらい、素敵なことがたくさんありますように。

 

1.写真を取って飾る

2.カラーハントする

3.たまにブログを書く

4.10都市に行く

5.大英博物館とテート美術館を全て回って、お気に入りを決める

6.新しい友達を作る

7.初めての料理を作る

8.習い事を始める

9.去年より本を読む

10.サッカーを見に行く

11.おしゃれして競馬を見に行く

12.ミュージカルを見る

13.本場のフラメンコを見に行く

14.5キロ痩せる

15.気に入った絵を模写する

16.好きな絵もしくは写真を家に飾る

17.クリスマス飾りを買う

18.エアメールを家族と友達に送る

19.初めてのアーティストのライブに行く

20.英語以外の言語を始める

21.仕事用のSNSを運用する

 

 

アイドル

SexyZoneのライブに行った。初めてジャニーズ、初めての横浜アリーナ

 

コロナが流行り出したくらいからセクゾが好き。特にケンティー。人に愛されることが仕事であるアイドルをめちゃめちゃ熱心にやっている。自然体の生まれ持ったキャラクターそのものというより、自分で作り上げたケンティーと全力で向き合ってる感じに心打たれる。

 

ライブは想像以上におしゃれかっこいい系だった。姫系ファッションのファンがゴリゴリのラップを聴いている。衣装もダボっとした感じだった。正統派な王子様系アイドルではないという感じ。椎名林檎の新曲を歌いこなし、KPOP的なダンスでキメてた。どの曲も難しそう。

 

席はスタンド席のちょうど真ん中で、ステージの正面でほとんどのパフォーマンスは肉眼ではよく見えない。そこにいるという存在感を頼りにビジョンを通じて表情を確かめる。とっておきのキメ顔に自然と歓声が沸く。

 

アンコールでちょうど席の後ろをトロッコで4人が通った。間近でみるとすごいかっこよかった。ライブTにジーンズというラフな格好で汗とスポットライトで発光してた。めちゃかっこよかった。美しさって強い。本当に。ケンティーは残念ながら後ろ向きで、よく見えたのは風磨くんと勝利くん。みんなかっこいいです。

 

「グループを残していくためには攻めないといけない」と勝利くんが話す。締めの挨拶はとてもしんみりしていて驚いた。チャプター2と題された今回のライブはマリウスが抜け、ドームコンサートを達成した彼らの再出発の意思が込められている。挨拶の言葉をそれぞれ方向性が違っていてどれも切実だった。照れもなく愛を語る感じが、覚悟決まってんなーと感動した。愛され続けるのは本当に大変だ。

 

ライブの帰り道に友達が、「なんか習い事始めようかな」と呟いた。わかる。すごく分かるよ。スポットライト浴びたい。「おれらかっこよかった?」と聞くケンティーを思い出す。照れもなく自信をもって人の前に立つあの感じを味わいたい。自分を見て欲しいと言えるくらいになりたい。

 

アイドルは本当にすごい。

 

 

 

目標

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睡眠時間が長すぎる。あまりにも長い。目を開けるのも面倒で、意識だけで起き寒さを確かめてる。布団がぐちゃぐちゃになって上手く包んでくれないから寒いんだ。もぞもぞと身体を動かし、手足を動かしてなんとかなる範囲で布団をなおす。はーと思っていると知らぬ間に意識も眠ってしまう。まったくいつになったら起きる気だ!と突っ込みながらやめられない。気持ちいい。気持ち良すぎて2023年がこのまま終わっては困るから目標をかく。

 

今年の目標

・英語のシャドーイングをする

・展覧会とか映画館とか身体を使って楽しむ

・感想を書く

・TOEIC900点

・ヨガをする

・海外赴任できるように仕事を頑張る。

 

やってることと目標があってない。

目標だからいいんだっけ。

 

 

2022/12/4

11月のはじめ頃、なんだかとても落ち込んでいたのだけど、そしたら長い旅行中の友達から手紙が届き、またある人から主人公がちょっと私と似てるって、ある本を紹介された。

 

一緒にいなくても思い出してくれる人がいることが、じんわりと暖かくてほっとした。そうしたら元気が出て、11月を乗り越えて12月になった。こうやって、緩やかに救い救われながら生きていけたらと思う。みなさま、ありがとう。

 

 

今日は外苑前の少しだけ残った銀杏を見て、甘いミルクティーを飲んだ。帰りにまつ毛にパーマをかけて気合いを入れて、家の目の前のコンビニでミルクアイスを買った。あんまり気分よく帰ったから、何年振りかの日記を書いている。

 

27歳の抱負は

・土日を充実させること

・英語がもう少し話せるようになること

・仕事の目標を決めること

 

ということで、1人で行きにくい場所に行きたい時とか、人数が足りない時とか、誘ってください。予定が被らない限り行きます!

 

 

 

 

 

 

学生資格剥奪

学生という身分も今日で終わってしまう。ヌルヌルと人と会うことなしに一人の日常の中で迎えることになるとは思っていなかった。

 

物語に登場する学生がそうであるように、生きることに困ることはなく、交換可能な毎日を当てずっぽうに過ごす。村上春樹が描くほどは、空でもないし受動的でもないけど、心のどこかはずっと暇だったような気がする。暇を持て余すことなく、暇を暇として存分に楽しんだ感じはする。オレンジ色の砂漠も見たし、蛍光緑のオーロラも見た。いろんな考えを知ったし、いろんな人に会った。これからもきっと仲良くしていれる友達もできたし、めちゃくちゃ尊敬する人もできた。

 

節目があるといいことは、今までにあった嫌なこととか辛いこととかそういうのがいったん精算されて成仏されることなんではないかと思う。嫌なこととかもそれなりに覚えておくタイプだけど、今となってぼんやりと、なんならあったかいような思い出になっている。今なら、本気で出会った全ての人や景色、モノに感謝できそう。

 

なんかもっといろいろ思うのかと思ったけど、意外とそんなこともなく、極々自然に終わるもので拍子抜けする。学生と名乗れなくなるのは寂しいし、学割を手放すのは惜しい。私のシェルターこと本郷の森から離れ、高いビルの街に巣つくのは緊張するけど、きっと大丈夫だろう。

 

もう一回、ボードゲームして夜更かしして遊びたかった。

明日から、ちょっと派手だけど気に入った名刺入れ持って頑張る。

ワンルームの話

災害の多い今日この頃、ふと自分の家が壊れたり浸水して、家にあるモノたちについて考えた。私の家はものに溢れている。引越しの時、単身者用のトラックには全然治らない。服も本も食器も、とにかくいろんなものがある。

 

当たり前だけど、私の部屋には、私がいつの日か選んだもの、もしくは人からもらったものしかない。上京するときに、購入した家具の中には、私の大切なものだけが入っている。ベットの横にある本棚には、私が何度も読んだ漫画と、小説、建築に入って読み始めたいろんな本が並んでいる。本の形で持っていたくて、webで読んだのにわざわざ買ったものもある。季節ごとに総入れ替えする洋服たちは、高校生から着ているお気に入りもあるし、この間の誕生日に買ってもらった新しい服もある。高校を卒業して初めて買ったピアスもある。お茶のお稽古を始めたから、おばあちゃんに借りている着物もたくさんある。食器は、実家にあるもののうち好きなものを選んで持ってきた分と、旅行先で少しずつ買い集めたものだ。友達に書いてもらった絵を額に入れて飾っているものもあるし、小学生からシリーズで集めている干支の置物もある。

 

一つひとつ、選んだ時のことを思い出せる。なんでもデバイスに、持ち物は少なくミニマムにという時代。モノがなくすっきりした身軽な部屋も憧れるけど、そうなることはないんだろうなと思う。つくづく、シンプルからは遠く、興味は散漫で、部屋には生き方が出てしまうなあ。友達の部屋に行ってその人らしくないことなんてないような気がする。人生変えたくなったら部屋を変えようと思う。

 

スッとしてないし、統一感がある訳でもないし、そんなにお洒落な部屋って訳でもないけど、今はここが私の大切なお城だ。人生のかけらを閉じ込めたものたちへの愛が止まらない。ほこり払ってなくてごめん、年末にはきっと掃除をしよう。

 

震災の時、いろいろ不安なことについて思っているうちに、まだ一度も来ていない高校の制服が無事かどうかが気になっていた車内泊の一日のことを思い出した。